半導体サプライチェーンと熊本へのTSMC誘致について



 半導体(semiconductor)は私達の身近な製品、つまり、PC・家電・自動車等からミサイルと云った軍事兵器に至るまでほぼあらゆる電機・電子機器に用いられている。本稿では半導体サプライチェーンの主だった特性と、日本が立つ位置付け、特にTSMC熊本工場(以下、JASMと表記)建設を巡る現在の状況について述べてみたい。

 以下、筆者の思い付くままに半導体のサプライチェーンが持つ特性を挙げてみる。

・複雑かつ多段階の製造工程に起因する水平分業

・長期リードタイム(例:コロナ禍での自動車業界における需給調整の混乱)

・国を跨っての相互依存性、一国のみで完結し得ないネットワーク

・政治との密接な関わり、地政学的リスク

・少数の巨大企業による市場寡占(例:台TSMC、蘭ASML、韓Samsungetc.

・巨額の初期投資(例;TSMC米アリゾナ工場投資額=120億ドル)

 

 上記を踏まえ、米中関係を背景とした世界的なサプライチェーン再構築のモメンタムの中で、日本の熊本県菊陽町でJASMの工場完成が近づきつつある、というのが現在の状況である(JASM第一工場は2024年末に製品出荷を予定)。

 JASM周辺ではソニー、東京エレクトロン九州、平田機工等が相次いで投資を行っている。熊本エリアでは今後10年間に約69000億円もの経済効果が発生するとの試算もあり、民間による工業団地の開発や、九州自動車道の整備と相まって正に「シリコンアイランド」の様相を呈しつつある。

  日本国内に大規模工場が誘致される事に伴い、半導体製造に関わる企業間競争も激しさを増している。半導体材料の分野では、回路の微細化が進むにしたがって製造方法や材料に大幅な見直しを迫られる可能性があり、既存の寡占企業に新規参入企業が猛追するといった事象が起きている。味の素がほぼ独占する絶縁フィルムの分野において、AGCが新素材の開発により参入を図っている事等がその例にあたる。

  JASMの誘致は別の側面を地元に投げかけてもいる。日本政府は最大4,760億円の資金を援助したとも報じられているが、巨額の資金もさることながら敷地自体の巨大さ故に、環境への影響も避けられない。ある調査によると、JASMが稼働後に汲み上げる地下水の量は一日当たり1.2t、年間で約438tにも及ぶという。これは菊陽町に存在する全工場が年間に使用する量を凌駕する。使用した水の一部は涵養を通じて地下水に戻す計画とはいえ、既に周辺の酪農家では井戸の水位が低下する等の事象が判明している。

 このようにJASMの誘致は経済安全保障、また日本の半導体産業を再活性化するという文脈においても重要な意味を持ち、その流れは不可逆的である。同時に、それは地下水・電力といった地球資源の使用から廃棄・再資源化に至るまでの *SCE (サプライチェーン・エコシステム)によって成り立っており、私達はその影響を無視することはできない。日本経済の復興と国土の保全というサステナビリティとのジレンマを抱えながら、グローバルな競争に勝ち残っていかねばならない事は、JASMのステイクホルダーに限らず多くの日本企業が持つ命題である。

 


※SCE(サプライチェーン・エコシステム):サプライチェーンは地球規模(グローバル)のエコシステムを前提としており、モノやサービスの流れを地球規模の資源利用として捉えた時に、上流又は下流に向かって辿ると最終的には地球環境に影響を与えるという事を示した概念。(Operations Management Group (google.com) より引用)


 

<参考情報>

「半導体戦争」クリス・ミラー ダイアモンド社、2023

「光と影のTSMC誘致」深田萌絵 かや書房、2023

20231130日 日本経済新聞39面「半導体ラッシュ 九州全域に」

2023129日 日本経済新聞15面「半導体材料 後発組が猛追」

https://sites.google.com/scmtokyo.com/omg/home

 

<筆者>

長者原 光浩(ちょうじゃはら みつひろ)APICS CPIM, CSCP, CLTDPMP

ASCM COMMUNITY JAPAN運営委員。総合ICTベンダに勤務し、グローバルサプライチェーンに14年間従事。22年からシステム開発のプロジェクトに参画中。



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